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サービス工学とは

サービス工学研究の位置づけ…アプローチ

産業革命以降、私たちの生活は工業製品による多大な恩恵のもとで発展を遂げたと言っても過言ではないでしょう。一方で、この大量の生産と消費を基本とする発展は、同時に地球規模の環境問題に代表される多くの深刻な問題を引き起こしました。また、消費者ニーズの多様化により、従来のものづくりは量的な充足から質的な充足への転換を迫られています。我々はこれらの問題を解決する鍵となりうるキーワードの一つがサービスであると考えています。サービスとは,一般に顧客に便益を与える行為であると考えられていますが、その無形性等の性質から今まで工学的に扱われることはありませんでした。

我々が提案するサービス工学は、サービスが生み出す高い付加価値に注目し、工学的な立場からサービスを理解し、その設計・製造のための方法論を提供することを目的としています。言い換えれば、この新しい学問領域は、大量生産と大量消費という製品主体の産業構造から、人工物のライフサイクル全体を考慮したサービスと知識主体の産業構造へのパラダイムシフトを可能とするための学問体系として位置づけられます。

サービス工学においては、サービスの受け手であるレシーバが望む状態変化を引き起こすことこそがサービスの本質的価値であると定義しています。このような視点は、サービス工学が対象とする研究分野を特徴付けるものであると同時に、高品質な製品を低コストで効率的に作ることを主目的としてきた伝統的な工学があまり関心を払うことの無かった視点であると言えます。

現在,サービスに関する研究は幅広い分野で急速に展開され始めています。しかしながら、その殆どの分野においてサービスを設計するための具体的な手法は未だ確立されるに至っていません。このような現状に対し、サービス工学は高い付加価値を有するサービスを設計・製造するための実践的な方法論と道具立てを提供することを目的として、日々活発な研究活動が行なわれています。

サービス工学研究グループは、現在以下に示す内容を含む研究を行っています。

サービスの表現・評価手法

サービス工学では、サービスの受け手であるレシーバが望む状態変化を引き起こすことこそがサービスの本質的価値であるという定義に基づいてサービスをモデル化するために、サービスの受け手であるレシーバの状態変化をパラメータ表現する方法を採用しています。また、供給・受給の連鎖により形成される複雑な多重構造から成るサービスを把握するためのモデル化手法、「個」としてのレシーバを表現するためのモデル化手法などが同時に提案されており、これらの手法を用いることで、サービスをその視野・視点に関する主観的特性を含みながら、客観的に表現することが可能となっています。また、このように表現されたサービスを多様な視点に基づいて評価するための手法も提案されており、例えば設計したサービスに対する顧客満足度の算出、サービスの構成要素に対する重要度の勘案、設計したサービスが生み出す価値とコストのバランス評価等が可能となっています。

計算機によるサービスの設計支援

高い新規性を有するサービスの創造や既存サービス解の効果的な改善を効率的かつ効果的に行うために、設計者を支援する新しい手段が必要です。サービス工学研究グループでは、サービスの設計を支援する計算機ツールであるサービスCAD(Computer Aided Design)システムの研究・開発を行っています。また、サービスCADシステムのプロトタイプであるService Explorerの産業界への提供を通して、サービス工学研究の実学的側面を追求しています。

Service Explorerは計算機上におけるサービス設計を可能とする統合開発環境です。Service Explorerは、これまでのモノの設計手段として提供されてきたCADシステムの基本的な考えを踏襲しつつも、サービス工学研究の視点を導入することにより、本来目に見えづらいサービスを可視化し、その挙動のシミュレーションを可能とし、サービスを設計するための知識の蓄積・再利用するための手段を提供します。さらに、アナロジー推論に代表される創造的設計手法の導入による、創造的なサービス設計を支援する機能を備えています。

製造物の脱物質化の例
脱物質化の手法 手法の細目
製品の共有 社会共有 タクシー、カーシェア、映画館
レンタル・リース レンタカー、コインランドリー、家電レンタル、
建機レンタル、出張パック、インターネットカフェ
生活価値の維持 メンテナンス エレベーター、コピー機、自動車、
エアコン清掃、洗濯機清掃
コンテンツ重視 携帯電話
機能販売 レンズ付フィルム、パソコン、掃除機ロボット

サービス工学に関するQ&A

「サービスとは何ですか?」

サービスという言葉は広い意味で使われており、サービスに関する様々な定義が存在します。サービス工学では、顧客に満足を与えることこそがサービスであると考えています。このような考えに則り、サービス工学ではサービスを「サービスの提供者であるプロバイダが、対価を伴って受給者であるレシーバが望む状態変化を引き起こす行為」と定義しています。この定義における「行為」は、サービスの受給者が望む状態変化を直接的に引き起こすサービス・コンテンツ、サービス・コンテンツを介してサービスの受給者が望む状態変化を間接的に引き起こすサービス・チャネルにより構成され、このサービス・コンテンツとサービス・チャネルとの関係こそがサービスの具体的内容であると言えます。

「サービス工学の何処が新しいのですか?」

主に下記の3点から、サービス工学は新しいと言えます。
第一に、サービスに関わる人や組織の「主観」に着目して議論を行うことが可能であるという点が挙げられます。サービス工学では、サービスにはその受給者であるレシーバや供給者であるプロバイダの主観により多様な見方が存在すると捉えており、同一のサービスに対する各エージェントの認識の相違を適切に把握することが可能です。
第二に、上で述べたようなサービスの主観性に着目して議論を行うために、ビューモデル、スコープモデル、フローモデルと呼ばれる3つのサブモデル概念を導入しています。これらのサブモデルを用いることにより、「どのようにサービスを見るのか」という視野・視点に関する情報を含む形でのモデル化を行うことが可能です。
第三に、顧客側の論理を導入していることが挙げられます。サービス工学では、サービスを「サービス提供者であるプロバイダが、対価を伴って受給者であるレシーバが望む状態変化を引き起こす行為」と定義している点からも明らかであるように、サービス工学の手法を用いることにより、顧客視点に立って設計活動を行うことが可能です。

「サービス工学が今まで存在しなかった理由は?」

学問的には、従来サービスは主としてマーケティング理論の範囲で扱われるに留まり、工学の研究対象ではありませんでした。それは、わが国の製造業が非常に優れた国際競争力を有していたがゆえに、モノを生産することへの過剰な偏重が生じ、モノからサービスへのシフトが伝統的に軽視されてきた結果であると考えられます。

「サービス・サイエンスという言葉も聞きますが?」

サービス・サイエンスはIBMが主導となって近年研究を進めている学術分野です。サービスによる顧客への提供価値や生産性の向上といった課題に科学的アプローチを用いて取り組んでいる点で、サービス工学と類似した目標を持っていると言えます。しかし、IBMがイニシアティブを取って研究を進めている点からも察することができるように、現状のサービス・サイエンスは「IT技術と人材を組み合わせてどのようなサービスを提供できるか」といった意味合いが強いと考えられます。その一方でサービス工学は、IT業界での利用に特化した研究を行ってはおらず、サービス行為を伴うあらゆるビジネスで活用できる具体的な手法の研究やツールの開発を行っています。

「サービス工学は本当に工学の一分野ですか?マーケティング分野なのでは?」

サービス工学は、サービスを表現し、解析し、評価し、設計するための体系であり、この定義のサービスを製品に置き換えれば、一般に工学を意味していることになります。
また、サービス工学はサービスを設計・製造するための具体的な方法論を確立することを目的としている点で、サービスの分析に主眼を置くマーケティング分野のサービス研究とは異なると言えます。

「サービスに関する研究活動にはどのようなものがあるのですか? 」

サービスに関する研究活動・学問では、以下のようなものがあります。

・サービス工学研究グループ
東京大学人工物工学研究センター、東京大学・新井研究室、首都大学東京・下村研究室等のメンバーから構成される複合研究組織です。当サービス工学研究グループでは、サービスや知識を付加価値の源泉とする脱物質化を目指し、サービス創造の方法論の確立と様々なサービスシステム開発、その体系化に向けた研究が行われています。

・Product-Service System (PSS)
従来の製造業の製品販売を中心とするビジネスとは異なり、製品とサービスとを一体化して価値を供給するビジネス形態であり、欧州を中心に研究が行われています。

・サービス・サイエンス
サービスを科学(サイエンス)の対象として捉え、種々の学問分野を統合した新たな学問体系の確立を目指した研究が行われています。

・経済産業省の活動
経済産業省は、今後10年の経済成長を視野に入れた「新経済成長戦略」において、サービス産業の強化政策を盛り込んでいます。経済産業省は、この新経済成長戦略を審議・検討するにあたり「サービス政策部会」を新たに設置し、その中でサービス産業の現状について調査を行い、それを踏まえた強化政策を打ち出しています。

「サービスを売るとはどういうことですか?」

サービス工学におけるサービスの定義に則ると、サービスを売るとは、サービスの提供者がサービスの受給者に対して望ましい変化をもたらすことと引き換えに、受給者から対価を受け取ることであると言えます。
サービスの内容は専門的な技能や情報から、ただ顧客に満足感や楽しさ、心地よさを与えるものまで様々です。現実にはモノを売るにしても、医療や金融といった分野にしても、顧客の存在を前提にしている仕事には、サービスを売る要素があると考えられます。

「サービスを設計するとはどういうことですか?」

サービス工学においてサービスの設計とは、顧客が要求する価値を明示化し、その要求価値を実現するための構造を明らかにすることを意味します。従来の製造業の製品販売を中心とするビジネスでは、製品の機能とそれを実現する物理的な構造を対象に設計が行われてきました。その一方でサービス工学では、価値の享受を通じた顧客の状態変化と、これを実現する構造を設計対象として扱っています。すなわちサービスの設計では、顧客の行動や求める価値を特定する「顧客分析」と、顧客が求める価値を提供する手段を特定する「概念設計」の2つのステップが重要視されます。提供手段には物理的な製品(モノ)の他、人的な活動(コト)も含まれ、双方を組み合わせることにより高い付加価値を有するサービスを創出することを目指します。

「サービス・コンテストとは何ですか?」

大学教育の中で、サービスをテーマに扱うものは多くは見られません。そこで、東京大学教養学部の工学部、経済学部志望の学生を対象に、サービスの設計に関する講義をサービス工学に基づいて行っています。サービスの基礎的理解にはじまり、その設計手法の習得までを講義範囲とし、最後に「価値あるサービスを如何に作り出すか」をコンテスト形式で競い合ってもらいます。その発表の場がサービス・コンテストであり、2005年度は東京大学の大学祭の場を利用し、一般観衆の前でプレゼンテーションを行ってもらいました。このような活動を通じて、サービスに関する知識を修学出来る有意義な機会を学生に提供していきたいと考えています。